<連載第4回>(『マネジメント倶楽部』1998年3月号より転載)

探 訪
 インターネット活用事例

探訪者=野口壽一(株式会社キャラバン・代表取締役)

 いつの時代でも、新しい技術を吸収し自由に使いこなせるようになるまでのプロセスは楽ではない。一方、悪戦苦闘のすえ目標を達成したときの充実感はひとしおであり、従来には得られなかった果実を手にできる喜びがある。

 石川県オフセット印刷業界の中核会社 

 加賀百万石の城下町として古くから栄え、織物や陶器・漆器などの伝統技術を今に伝える町。北陸三県の中核として諸外国との交流の窓口役を積極的に務め、最近脚光を浴びている北陸先端大学のベースタウンともなっている革新の古都・金沢。
 この都市でインターネット関連技術を業務に取り組むユニークな試みをしている印刷会社がある。
 田中昭文堂印刷株式会社(金沢市小坂町中75、田中泰社長、資本金1000万円、従業員数53名)である。同社の創立は昭和2年というから、実に操業70年。歴史と伝統の街にふさわしく、営々と築かれた社歴と地域との緊密なつながりを有する会社である。社歴の豊かな会社にふさわしく、石川県のオフセット印刷業界団体の幹事会社ともなっている。

 加賀再生を掲げるホームページ 

 田中昭文堂印刷のホームページにアクセスすると、裃(かみしも)を着た風変わりなキャラクターが飛び出してきて「新年あけましておめでとう」と挨拶してくれる。このキャラクターは、同社のオリジナル・キャラクターだ。モデルは、加賀の名勝地・兼六園のなかでいちばん大きな池であり琵琶湖に似せてつくられたといわれる霞ヶ池にある「ことじ灯籠」。何百年と動かない石の灯籠をキャラクターにしてしまうあたりに同社の独創性が垣間見られるが、これはほんの片鱗。例えば、サーバーのドメイン名は「kagasaisei」、つまり「加賀再生」である。東京に住む者からすれば、スキーもできれば海水浴もでき海山の珍味豊富な自然環境に恵まれ、地場産業にもめぐまれた石川県は他の地方に比べれば、住むにも仕事するにも好条件の地に思えるが、田中社長に言わせれば、東京に比べると技術だけでなくさまざまな面でどうしても4、5年遅れている。経済的・産業的にも後塵を拝し続けているのが悔しいという。地方の時代と言われながら、なかなか実質を伴わない現実をインターネットを使って引き寄せ、改革していこうとする大きな「野心」を宣言するドメイン名である。

田中昭文堂印刷のホームページ

 インターネットは宣伝だけのツールではない 


 もうひとつの独自性はホームページを受注・入稿のツールにしてしまったことである。インターネット・サーバーの導入に当たって、田中社長は、「インターネットは宣伝だけのツールではない、それ自体で本業に利益が出せるようにしなければダメだ」と考えた。このような考えの背景には、鳴り物入りで登場し、投資倒れに終わった「キャプテンシステム」の二の舞にインターネットをしたくないという社長の苦い実体験があった。
 企業によるインターネット活用法としてまず考えられるものといえば、会社案内のパンフレット代わりに使ったり、求人広告代わりの利用法だろう。あるいは、実際に売上げを上げる道として、通信販売のツールにしたり、広告料収入を狙ったり、の事業展開が挙げられる。印刷会社がインターネット事業に乗り出す場合、ホームページ製作を請け負ったり、サーバーのレンタル業などが考えられる。確かにこれらは有望なビジネス活用法ではあるが、いずれも新規ビジネスであって、現在の本業に即役立つものではない。
 ところが、田中昭文堂印刷では、約1年間、サーバー運営実績を積むかたわら研究を続け、ホームページ上で受注・販売してしまう仕組みを実現してしまった。今は、名刺と「Happy2」の商品名がつけられた結婚案内の2種類だけだが、ホームページ上で、ユーザーが必要なデータを打ち込むと4色カラーの印刷物が自動的に作成され、宅配される仕組みだ。
 しかし、本当の驚くべき点は仕組みでなく価格にある。顔写真入り4色フルカラーの高級名刺が200枚でなんと4,000円! もちろん本印刷である。果たしてこれで利益が出ているのか不審に思った筆者の質問には、「赤字覚悟の宣伝なんかじゃない。ちゃんと利益が出ている」とのことである。

 社内リソースの有効活用 

   同社はインターネットを活用するにはそもそも恵まれた環境にあった。印刷とインターネット、特にDTPと呼ばれるコンピュータを使ったプリントデータ加工技術とインターネットは極めて緊密な間柄にある。DTPとはデスク・トップ・パブリッシングの略称で、印刷工程直前までのプリプレスと呼ばれる工程をパソコンで処理する技術である。この技術もアメリカが先進国だが、日本でも約10年ほど前、マッキントッシュで日本語を自由に操れるようになって急速に普及した。印刷会社へのコンピュータ導入自体はそれ以前からもあったが、それらは電算写植機と呼ばれたり、電子編集システムと呼ばれる専用機(特殊用途向けのコンピュータ)であった。
 しかし、DTPの場合、マシンにパソコンを使用するため、システムそのものがオープンで、「秒進分歩」のコンピュータ技術のめまぐるしい変化に対して柔軟に対応できる優位性があった。幸い、DTP部門を社内に持っていた田中昭文堂印刷ではこの利点が最大限に利用された。

 パソコンサーバーによるイントラネット 

 「一般的に言って、DTP部門を有していても、中小規模の事業所が多い印刷業界では導入が遅れている。その理由としては、インターネットそのものが発展するかどうか懐疑的だったり、社内にサーバーを運用できる人材がいなかったり、サーバー導入に多額の投資が必要などの理由が考えられる。
 ところが、田中昭文堂印刷では、インターネットの民間利用が始まった直後の1996年、早々にサーバーを導入し、イントラネット利用に向けLANを構築している。これを可能にしたのは、(株)キャラバンが開発した「インターネットらくらくさーばー」の活用にあった。これは、従来のインターネット/イントラネットサーバーシステムの数分の1の予算でフル機能のインターネット/イントラネット環境を実現するシステムであり、社内にUNIX技術者がいなくてもインターネットの本格活用を可能とするサービスである。(『ビジネスクラブ』97年1月号、「企業訪問レポート(2) ベンチャー時代を迎える中小企業」参照) もちろん、バーチャルサーバーでなく実機サーバーの導入には金がかかり中小企業には無理だという常識をくつがえした田中社長に先見の明があったのは言うまでもない。
 インターネット/イントラネットの導入によって、社内が活性化した。というのは、全員にEメールアドレスを配給し、自由にメール交換ができるようにしたからだ。これによって取引先とのメール交換・データ交換が出来るようになっただけでなく、社員同士のメール交換も盛んになった。
 田中昭文堂印刷ではイントラネット機能を活用した営業・進行管理システムを現在開発中である。夢と期待がますますふくらんでいく。

画期的な料金でサービスするカラー名刺ページ

URL:http://www.kagasaisei.co.jp/


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