<連載第7回>(『マネジメント倶楽部』1998年10月号より転載)
野口壽一(株式会社キャラバン代表取締役)
日本でインターネットの民間利用が始まったのは1995年。それから3年が過ぎた。最近は、電子メールのアドレスを刷り込んだ名刺をもらう機会も増えてきた。先進的な企業のほとんどは、従来の印刷物の会社案内パンフレットと併用して会社案内や製品・サービス案内のホームページ(ウェブサイト)を持つ傾向にある。インターネット利用もいよいよ実質が問われる段階に来たといえよう。そこで、今回は、インターネットを導入したばかりの段階でホームページ商業利用の一形態であるインターネット通販(ウェブストア)の大きな成果をあげている会社を訪ねてみた。
探訪先は、ロジックデバイス株式会社(URL: http://www.caravan.net/ld/ 住所:東京都千代田区外神田3-4-10神田寺ビル4F)。電気の街・秋葉原で40年以上、電気ストアの中で部品販売を続けてきた店舗・シーアールの通販部門として95年6月に設立されたばかりの会社である。安部良子社長を始め女性中心の会社でもある。設立されたばかりと言っても同社の前身は戦後の秋葉原の発展そのものに合わせて歩みを進めてきた老舗中の老舗である。一方、ロジックデバイス株式会社は社員4名と小粒な会社だが、既成概念にとらわれず新しい手法を積極的に取り入れる意欲的な会社である。
同社は、ハンダ、CCDカメラ、シングルコンピュータボードなど広範な電子部品を扱っているが、中心となる商品は、抵抗・コンデンサ・ダイオード・トランジスタなど小物類である。これらの商品の特徴は、ひとつひとつが微小サイズで単価が安い、にもかかわらず種類が非常に多いことである。また、顧客も大手企業から個人まで幅が広い。したがって、コスト面を考えると営業マンを置いたビジネスを展開するわけにいかない。そこで、ロジックデバイスは、各種類の抵抗やコンデンサを手のひらサイズのボックスにセットして提供する「チップサンプルボックス」という独自商品を開発し、販売方法は通信販売を採用することにより業績を挙げていた。これまでの宣伝方法は、自社の独自ルート以外には、専門雑誌に毎月広告を掲載するという、通常の方法を採用していた。
同社が、売上げ増の手段として雑誌通販にインターネット通販(ウェブストア)を追加しようと決断されたときから、当社とのお付き合いが始まった。社長の娘さんである安部百合子氏がウェブストアの責任者となった。百合子氏は、それまで、ウェブサイトを閲覧したり、普通にメールをやり取りすることはできた。しかし、ウェブサイトの作成まではできなかった。それで制作を当社にアウトソーシングされた。さらに通販成功のための電子メールの使い方とウェブストア・コンテンツのメンテナンス方法を、当社セミナを受講することによりマスターされた。

<図―1> |
ホームページの表紙をそのまま会社案内パンフレットに転用して
一体感を演出 |
今年4月10日にウェブストアを開設してからの成果を百合子氏に聞いた。開設3カ月半で獲得した新規顧客数は40件で、いまも毎日増えている、との驚くべき成果であった。1件あたりの平均購入価格は約2万円。制作費は早々と回収してしまった。
ウェブストア開設を告知するため、これまで行っていた雑誌広告のスペースの一部に、URL(ウェブストアのインターネット上の住所)を大きく掲示し、インターネット通販を始めたことを宣伝した。また、インターネット上のさまざまな検索サーバーに「新規開店」として登録した。
40件の新規顧客の内、従来の通販からの顧客は1件だけで、ほかはすべて同社にとってまったく初めての顧客だった。新規ルートの構成は、雑誌広告からが6〜7割、検索サーバーからが1〜2割、残りは口コミないし不明。従来広告との併用、検索サーバーの活用の重要性が分かる。
3カ月半の間に、朝10時と夕方4時にメールをダウンロードして、返事を書き、注文を確定し、発送する、というウェブストア運営のルーチンワークが確立した。
百合子氏の談――「これまでの販売はファックスと電話が中心だったので、注文者個人との会話はあまりなかった。取引の内容も形式も会社対会社だった。ところが電子メールでやりとりすると大企業のお客様でも発注者の方と細かい打ち合わせが可能になる。例えば、ボックスの中でチップの収まりが悪いときがあるから仕切板をいれたらどうか、といった商品改善案をいただいたこともある。インターネット通販といままでの通販の最大の違いはこれで、インターネットでの注文は圧倒的に夜が多い。しかも、メールの発信時刻を見ると、23時、24時、土曜日、日曜日というのが多い。当社のお客さんは研究開発部門なので、研究開発の現場の大変さがよく分かる。そこで、つい、お客さんの体を思いやるメールを出したりする。すると顔を合わせたこともない方から、『お気使いありがとうございます』という書き出しで、注文メールが来たりする。こんな時は、ウェブストアを開設して本当に良かったと思う。」
<図―2> |
確実に注文をゲットする、シンプルで確実なオーダーフォーム |
同社の成功の秘訣はいろいろある。抵抗やコンデンサなど、種類が多く、サイズが小さく、単価も安い商品をひとつのかわいらしいボックスにまとめるというアイデア。無味乾燥な電子部品をきらきらと輝く宝石に見立てて、同社はチップサンプルボックスを「技術者の宝石箱」と表現している。ホームページやそれと連動して新しく作りなおしたカタログの表紙を宝石箱のカラフルなイラストで飾る演出。また、発注者とのやり取りに見られる女性らしいきめ細かい配慮。
以上は、同社だけの特徴・ひけつであるが、日本での3年以上のウェブストアの成功・失敗例を分析すると、インターネット通販を成功させる方程式が確実に存在することが分かる。その概略を列挙すると次のような項目が浮かんでくる。
- 商品特性の把握と的確な設計に基づく運営
- メールを使ったユーザーとのコミュニケーション
- ホームページのマーケティングツールとしての活用
- 旧来の通信販売など販売一般のセオリーとメディアそのものの尊重
- 電子決済などの先進技術に目を奪われない、等々。
次号ではこの方程式を詳細に検討し、必ず成功するウェブストアの運営方法を明らかにすることにしよう。
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